大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和41年(オ)1176号 判決

上告人

加藤キミ

外六名

代理人

吉田士郎

被上告人

宗教法人円満寺

代理人

繩野文男

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人吉田士郎の上告理由第一について。

被上告人所有の寺院境内地である本件各土地について大正一一年中に被上告人と亡加藤七五郎との間に締結された賃貸借契約は、明治六年太政官布告第二四九号、同九年教部省達第三号、同三六年内務省令第一二号神社寺院仏堂境内地使用取締規則により無効であるとした原判決(その引用する審判決を含む。以下同じ。)の判断は、正当である。法律行為の効力は、行為当時施行されていた法令によつて定まるものであり、法令の改廃は、別段の定めがないかぎり、既往の法律行為の効力に影響を及ぼさないものと解すべきであるから、本件賃貸借契約の後に施行された諸法令、とくに現行の宗教法人法の規定のもとでは、本件各土地のような寺院境内地も一定の手続によつて有効に賃貸することができることとなつたからといつて、行為当時の法令によつて無効とされた右契約について、その瑕疵が治癒され、これが有効となるものと解することはできない(最高裁昭和三六年(オ)第一八六号・同三七年七月二〇日第二小法廷判決、民集一六巻八号一六三二頁参照)。なお、このように法律行為の効力が行為当時の法令の適用により定まるということは、その法令がその後に施行された日本国憲法に適合するものであるか否かにはかかわりのないことであることも、明らかである。したがつて、原判決の判断に所論の違法はなく、違憲をいう論旨は、実質において、法令の適用に関する原判決の右の判断の違法を主張し、または誤つた法律解釈を前提として原判決を非難するものであつて、採用することができない。

同第二、(一)について。

他人の土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、その用益が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているときには、民法一六三条に従い、土地の賃借権を時効により取得することができるものであることは、すでに、当裁判所の判例とするところである(昭和四二年(オ)第九五四号・同四三年一〇月八日第三小法廷判決・民集二二巻一〇号二一四五頁、昭和四一年(オ)第九九一号・同四四年七月八日第三小法廷判決・民集二三巻八号一三七四頁参照)。

これを本件についてみるに、上告人らが原審において主張するところによれば、上告人ら先代亡加藤七五郎は、大正一一年八月一五日、当時の被上告人の住職横山法定との間に、建物所有を目的とし、賃料を原判示(A)地および(B)地については月額一円七〇銭(のちに二円に改定)、(C)地については年額五円と定める賃貸借契約を締結し、爾来これに基づき平穏、公然に本件各土地を占有して、一〇年ないし二〇年を経過し、その間被上告人に約定の右賃料の支払を継続していたというのであり、この主張のような事実関係は証拠上も窺うに難くないのであつて、右事実関係が認められるならば、前示の賃借権の時効取得の要件において欠けるところはないものと解される。寺院境内地を目的とする右賃貸借契約が、当時の法令に従い法定の例外事由にあたるものとして地方長官の許可を得たものでないため、無効とされることは原判示のとおりであるが、このような寺院境内地の処分・賃貸等の法令上の制限が、寺院をして健全な宗教活動を営ましめるため、その基礎たる資産の保護をはかりその運営を監督するという趣旨に出たものとして、これに、公益目的を認めるべきものであるとしても、このような公益性は、平穏、公然に寺院境内地の用益を継続しえた者の事実的支配を保護すべき要請に比して、特に強く尊重されなければならないものと考えるべきではない。したがつて、右のような事由により無効とされる賃貸借契約に基づいて土地の占有が開始された本件のような場合にあつても、その占有が前示の要件をみたすものであるかぎり、有効な賃貸借契約に基づく場合と同様の賃借権の時効取得が可能なものと解すべきである。なお、この点において、原判示のように地上権等の用益物権の時効取得(大審院明治四五年(オ)第二一八号・大正元年一〇月三〇日判決・民録一八輯九三一頁参照)と賃借権の時効取得とを区別すべき理由も、存しないものといわなければならない。

しかるに、原判決は、賃借権は賃貸借契約の有効な成立を前提とするが、本件における加藤七五郎と被上告人との間の賃貸借契約は無効であるとの一事をもつて、たやすく上告人らの時効取得の主張を排斥しているのであつて、ひつきよう、原判決には、右のような賃借権の時効取得に関する法理の解釈を誤り、審理を尽くさなかつた違法があるものといわなければならず、論旨は理由がある。

したがつて、その余の上告理由について判断をするまでもなく、原判決は破棄を免れず、さらに審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこととして、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(松本正雄 田中二郎 下村三郎 飯村義美 関根小郷)

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